2014年の元旦
快晴の朝,実家の恒例の儀式を済ませる。母親が信仰する万(よろず)の神に頭を下げるも,これほど無節操に混合しても良いものかとやや心配しながら…,でも苦労を背負わせてきた母の頼みに私はイエスマンとなる。理屈に合わないことも時代に反することもたくさんあるけれど,最近は老いた母を説得することより,彼女の気が済むように安心させてあげることを選べるようになってきた。親の考え方や地域の風習に嫌気がさして東京へ脱出した18歳の頃のことを,今ではとても恥ずかしく,苦々しく懐かしく思う。目立ちたがり屋でもないのに他人と同じことをするのが嫌だった10代の生意気な頃に,私は生まれ育った地域を大事に思った記憶がないし,愛着も誇りもみじんもなかった。だいたい中学や高校時代の授業は,教科書に載っていない栃木市のローカルな内容を取り上げたことは無かったし,(そんなはずはないとは思うけれど)全国模試で高い偏差値をとったことでしか褒められた思い出がない。高度経済成長期に学校生活を送った私たちの世代は,個人よりも集団全体の規律が優先され,競争原理が当たり前という学校時代を経験してきたから,43年ぶりに導入された全国学力・学習状況調査に反発する保護者・教師が少なかったのも(残念ながら)不思議ではない。今思い起こせば,「地域から子どもを引き離す教育」だったのかも知れない。
元日の今朝は,栃木県の地方新聞=下野(しもつけ)新聞に目を通した。社説の欄に論説委員長が「新年に寄せて」という一文を書いていた。昨年の地域ブランド調査では45位とワースト3位に低迷している栃木県の外部評価に対して,読者に「郷土を知り愛着高めよう」というメッセージを投げかけていた。故郷を永く離れている私には共感できる文章だったけれど,地元の子どもたちに響くようなリアルなメッセージになるためには,学校教育のあり方を見直すべき時期に来ているとあらためて感じた。
地域のありようは,大人のエゴや過去を懐かしむ郷愁だけでデザインしてはならないと私は思う。地域の中で自分らしく思い切り“子ども時代”を過ごす子どもたちが,生まれ育った故郷に愛着を持つのは必然だ。そうした子どもの自然な育ちや学びを妨げてきたのは誰だったのかを謙虚に問い直し,暗記型テストで学力向上を目指そうとする勢力とも決別して,未来を築く子どもたちが故郷に愛着とプライドをもって世界中で社会貢献していく姿を応援したいと思う。そんなことをつぶやきながら,ローカルな神社に初詣した。
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