寒さの中で思ったこと
朝1限の大学院の授業を終えてすぐ,講演資料を印刷して車に乗り込むとき,長野市内のキャンパスも寒かった。前日のニュースで強烈な寒波に見舞われた北海道の状況を知った私は,もっと寒い地域の人々のつらさを思い浮かべた。移動途中の車の中でラジオを聴いていたら,寒さの中で停電の被害に遭っている北海道の住民のニュースが流れた。…心を痛めた。
松本での2時間弱のワークショップ形式での講演を終えて,大学に戻る道のりを急いだ。鳴門教育大学からのゲスト講師を招いた情報交換会に合流しなければならなかったからだ。地震の揺れを感じたのはその時だった。会議中にインターネットでニュースをチェックしたら,東北地方で「震度5弱」と恐い数値が表示され,宮城県沖に津波警報が出されていた。沿岸部の住民が大勢避難所に移動させられているという情報だった。きっと,極寒の中で大変な思いをされているだろう。乳幼児や老人や障害者はこんなときハンディキャップを負う。
会議を終えて,研究室に戻るまでのわずかな距離を歩くだけでもコートがほしかった。北海道や東北の被災者は,きっともっと寒い思いをしているんじゃないだろうか。
街中では選挙に立候補した政治家たちの「ののしりあい」が拡声器で夜の静けさを壊している。「選挙戦」とはいったいどんな戦いなんだろう?テレビやネットで公約を明確に説明し,候補者・政党の政策の違いを討論で明確に国民に知らせるだけではダメなのか?むしろそうすべきなのではないか。街頭演説に足を止め,演説会に足を運べるような“ゆとり”ある人々もいるだろうけれど,ほとんどの有権者は「○○をよろしく」とひたすら名前を連呼するウグイス嬢の音声しかキャッチできない。こんな選挙公営に相変わらず莫大な税金を支出することに疑問を感じてしまう。
選挙前しか選挙区にきて頭を下げない政治家たちが,選挙カーでの選挙区巡回を半分にして,候補者みんなが被災地の人々の現実生活を見に行って激励の握手をしてくる…という,そんな政治風土の国家にならないものか。でも,あきらめず,私たちは貴重な1票を行使して,自分たちも責任の一端を担って,気持ちの寒さに落ち込むことのない素敵な社会をつくっていこう。
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