デンマークの静かな田舎町で思うこと
デンマークの公立学校における「総合学習」の調査に協力してくれている友人ラースは,私がデンマークに来るたびに自宅に招待してくれる。昨日まで滞在していた市街地のホテルから車で1時間半ほど南下すると静かな農村エリアとなり,Haslevという田舎町にたどり着く。奥さんを白血病で亡くされてから,彼は3人のお子さんと住んでいるが,私は今でも家族全員と一緒に楽しい食事をしたこの家でのシーンを昨日のことのように思い出す。
しかし,このご家族は実に前向きに生きている。子どもたちはみんな元気に成長し,長女のハナと長男のラオグは私の背を超した。ラオグはWiiのテニスや野球ゲームで私を寄せ付けないテクニックを身につけた。10才になった末娘のヤナも,私が教えたトランプカードゲームをすぐにマスターし,父親が必死に努力しても勝てないほどクレバーな作業能力を発揮している。母親の役割もするハナの性格の良さにはいつも感心するが,今夜は学校の友人が相談に来ていた。8年(中学2年)生の彼女は,卒業後にエフタースコーレで好きな音楽を学んだあと,あらためて大学進学のコースに進んで社会政策を専門に勉強し,ジャーナリストになるのだという。
デンマークの教育において尊重されている「自律性」や「主体性」は,学校参観をしても随所に感じられるし,家庭教育においても通常はそれが共有されていることを,この家に泊まるようになってから実感している。学校では子どもたちは先生方をファーストネームで呼ぶが,それは子どもを独立した個人として尊重することの手段の一つだ。「デンマークでは子どもたちが生意気」になると笑いながら愚痴を言う先生も多いけれど,みんなとっても学校が好きで自己肯定感が強く,自分なりに“考える”子どもたちになっている。この国には基本的に入学試験もなければ学習塾もテスト対策の通信添削も存在しない。教育において競争を煽ることは有害だとさえ考える国民的風土がある。それでも決して日本の子どもに劣ることなく,立派に市民社会に貢献していく大人に育っていく子どもたち。こうしたデンマークの現実に対して,「歴史や文化が違う」などと,全く“異質なもの”扱いして理解する努力をしない大人が多い閉鎖的な日本。でも,デンマーク社会も,1960年代までは日本以上に保守的な教育風土が支配していたとこの国の友人たちは言う。
今回のデンマーク出張もこれが最後の夕食となった。ハナの友達も一緒にテーブルを囲み,いっそう賑やかな会話を楽しみながら,デンマークの伝統料理をおいしくいただいた。
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