脳トレブームは去るのか?
「学力低下」論の高まりを利用するかのように一世風靡した「脳トレーニング」に科学のメスが入った。先月に発表されたイギリスの科学誌『ネイチャー』に,脳トレの効果が期待できないという研究結果が発表されたのだ。
◆ロンドン大学の大規模な実験の概要は以下の通り。
18~60歳の健康な人1万1,430人を被験者に選び,イギリス国内で販売されているコンピューターゲームを用いた脳トレを1日10分、週3日以上,6週間続けてもらいその効果を調べるという比較実験だった。第1グループは積み木崩しなどを使った論理的思考力や問題解決能力を高める脳トレ・ゲーム,第2グループはジグソーパズルなどを使った短期記憶や視空間認知力を高める脳トレ・ゲーム,第3グループは脳トレとは無関係のゲームをし続けた。その結果,脳トレを続けた第1および第2グループはゲームの成績は向上したが,論理的思考力や短期記憶を調べた認知テストの成績はほとんど向上せず,3つのグループ間で差がなかった。
今や子どもの学習本のみならず,実用書や趣味のコーナーにも「大人の脳トレ」などのタイトルが書店を飾るようになった。なかには「脳トレ」とは言えなそうな単なるドリルまでが,そのブームに便乗して表紙に「脳トレ」というレッテルを貼っているありさまだ。でも,今回の研究成果によって,コンピューターゲーム的な脳トレは,健康な人の記憶能力や思考力などの認知的能力を高める効果は期待できないという結論が権威ある学術誌に示されたことになり,このブームも冷静に見直されるのかも知れない。
私は2年前,大学の授業で脳トレ・ソフトをスクリーンに投影し,学生にこの学習法の疑問点を体験的に学ばせたことがあった。例えば「あか」という文字を青で書いたものや,「あお」という文字を緑で書いたものを映し出して,瞬時に指定された条件の文字を選択させるゲームなど,なるほど脳細胞を刺激しそうなゲームがパッケージされていた。監修された有名教授は,そうした作業で脳が活性化されると解説する。ただし,脳の血流を促進させるなら,むしろホラー映画で髪の毛が逆立ったり,性的な刺激を味わったり,涙を流す感動のシーンに立ち会ったりする時の方が,より脳の活性化に効果があると言う専門家もいる。
学ぶ意味や探究する価値,学ぶ動機などを問題にせず,学校教育において「学力向上」を目当てに「脳を活性化させる」こと自体が目的化されるケースには注意が必要ではないだろうか。そうした機械的な学習法は,認知症の治療には多少の意義を認めても,学習者一人ひとりの個性や主体性を尊重する教育理念には反しているように思う。子どもたちの人格を尊重して「人」として接していくとき,脳トレは遊びのゲームとして楽しむ分には良いが,授業の教材にする発想には教師の専門性を疑いたくなる。
そんなことを考える私にとっては,今回の研究発表は嬉しいニュースだったが,書籍類の販売が低迷していることもあってか,マスコミはあまりこのことを報道しないのが残念だ。週末の東京出張のついでにブックセンターに寄って,店頭に「脳トレ」本が撤退しているかどうかをタイトル調べすることで,私なりの脳トレーニングをしようと思う。
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